レコンキスタの一日(13世紀イベリア)

レコンキスタの一日(13世紀イベリア)

「暑いなあ……」
青年はつぶやいた。隣に友人はいるが、独り言である。
両親が北の国出身の彼にとって、夏のイベリア、しかも午後の陽光は強い。思わず腕をこすると、白い肌が赤くなった。
隣のベルベル人は笑った。黒い髪、浅黒い肌の彼は平然としている。年のころは同じくらいだ。
二人は幼馴染だ。上流階級であるベルベル人はアラビア語はもちろん、ラテン語も堪能だった。ごく普通の欧州人である友人に、語学だけでなくアラビアの学問を教えてあげていた。
薄い色の髪の男がつぶやいたのは、ラテン語でもアラビア語でもない。普段家族や近所の人と話す言葉だったが、アラブの友人は答えを返した。
「もう夏だなあ」
「暑くて算術どころではないよ」
欧州人の青年が薄い色の眼を細めた。
「親父さんの事業を継ぐんだろ、勉強しろ。わからないところは俺が教えてやるから」
「暑い間はカンベンしてくれよ」
「馬鹿、甘えるな。ここに住んでいる間は毎年こうだぞ」
「お前、なんでそんなに真面目なんだ」
アラビアの友人の言葉に口を尖らせた。そうするとさっきよりはずっと幼い顔になる。
「夏の間はウードでも弾いて、吟遊詩人として過ごすさ」
「夏だけの吟遊詩人か。セヴィリアの街を回ったら時間切れだな。さぞかし評判になるだろうよ。――それに、俺もいつまでここにいられるかわからない。そうなれば、お前に算術を教えることもできないんだぞ」
言葉の半分は真剣な低い声だった。コルドバまでキリスト教の軍が来たとの噂を聞いたのはもうだいぶ前だった。
イベリアをイスラムから取り戻し、再征服する。
物騒な動きはもう二百年ほど前からの話で、あまりにも動きが緩やかだから実際に住んでいる欧州人もアラビア人も気づかぬふりをしていた。しかし、ゆっくりと着実に教皇軍は南下して来ているのだった。
今のところ、まだセヴィリアはアラビア人も平和に暮らし、アラブの学問を学ぶことができたが……いつまでそうしていられるか、漠然としたざわめきはここ数年いつも感じていた。
もし――もし、俺たちが生きている間に軍隊が来たら、生活はどうなるのだろう。アラビアから来た果物を口にすることができるのだろうか。そして、この頭のいい友人に、アラビアの学問を教えてもらうことができるのだろうか。
こっそりと隣に座るベルベル人の顔を覗きこむ。陽光に誘われたのか、彼は眼をつぶってうたたねをしているようだった。
こいつがこんなに落ち着いてるんだから、嫌なことなど起きないに違いないよ。
穏やかな表情を見ていると、安心する。なんだか、自分も睡魔に襲われたようだ。
友人にならって、眼をつぶった。
ずっとこんな日が続けばいいなあ。
うとうとと心の中で思ったことを、隣の友がつぶやいた。



まだアラビア人と西欧人が平和に共存しただろうと思われるころです。




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