輝く日々は遠く(14世紀フランス)

輝く日々は遠く(14世紀フランス)

二人の夫が先立ち、彼女もまた年老いた。
若さの光が去っていくのと入れ替わりに、病魔が彼女を蝕んでいた。
こんな寒い山の中の村で、わたしは死んでいく。
村の司祭との不倫の恋は、彼女の人生の中の花だった。
皺だらけで油気のない手が、ずっと彼女の髪や頬を撫でている。老いたかつての情事の相手が、今彼女の寝台に座っていた。瞼を開けたが、もう眼もよく見えない。
手の感触から、まだ彼が自分を愛しているのを感じる。
病を得てなお、男の心を繋ぎ止めていることは、女の小さな誇りだ。
彼の指の優しさは、教会の隠し部屋でわたしを抱いたあのころとちっとも変わっていない。
男が温めたリンゴの果汁を持ってきた。
「ベアトリス、起きられるか?」
牛乳のクリームが入っているのは、男の心遣いだろうか。濃厚な風味は女の好みだった。
「……おいしいわ。ありがとう」
「すぐ元気になるよ」
ベアトリスは力なく笑った。暖炉も切ってある部屋だが、身体の芯の冷たさはなくならない。
「そうかしら。治るとしてももっと先ね。もう若くないもの」
「なにを言う。まだ若いじゃないか」
男の言葉に力なく首を振る。あのころほど若くないわ。わたしたちが愛し合ったあのころよりは。
若いころ、最初の夫に死なれたころ、ピエールに救われてわたしはとても幸せだった。彼も、カタリ派の信条を村の人たちに説いて敬愛されていた。穏やかで優しい日々。
飲み終わるとまた男の手を借りて横たわる。
「……ピエール。あなたはどうして、村の人たちを裏切ったの?」
モンタイユーの村では、カタリ派が伝染病のように広がった。免れた者はほとんどいなかった。
それもそのはず、司祭だったピエールが異端の教義を説教していたのだから。
自分もカタリ派だった人脈を使って、村人を次々と異端として告発した。父親の制止もきかなかった。捉えられたうちの何人かはカルカッソンヌで火刑にかけられて死んだ。
空気が凍った。ピエールは表情を厳しくする。
「俺は、クレルグの家に逆らうやつらを思い知らせているだけだ」
彼の言っていることはわかる。クレルグ家は、モンタイユーでは一番の名家だ。だから、敵対者となる他の家の者たちを消しただけなのだ。
でも、そのためにあれほどみなに愛され尊敬されていたピエールは、今は憎悪を一身に受けている。
ベアトリスはそれが悲しかった。
ピエールはベアトリスの腕をさすった。身体の重さは去らないけど、少し痛みが減った気がした。
酷い男だと思う。わたしは彼のそばにいたし、貴族だから、もっと彼を諫めるべきだったかもしれないけど。
彼女はふうっと大きく息を吐いた。眠くなってきた。
わたしは、自分が幸せだったら、それでよかったの。


出てくる飲み物はラムズウール。


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